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越知帳

緑のふるさと協力隊21期/高知県高岡郡越知町/横畠迎賓館

三つ尾の渡し

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役場も正月の装いです
 
 
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さて突然ですが越知町のみなさんに問題です。越知町の「三つ尾」といえば何と何と何でしょう〜?( ̄▽ ̄)
 
 
 
 
 
 
 
~~シンキングタイム~~
 
 
 
 
 
 

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町外の方へ解説!越知町を流れる川といえば仁淀川が有名ですが、そこに2本の支流が町の中心部付近で合流しています。↑でいうと、西から東へ大きくうねりながら流れているのが仁淀川です。
 
 

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拡大すると… 桐見川方面から流れてきて、越知町役場を挟んで西側で合流している川と、佐川町方面から流れてきて役場の東側で合流している川があります。

 

 

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ということで正解は、桐見川方面からの「坂折川」、柴尾・黒岩方面からの「柳瀬川」、宮の前公園を通る本流「仁淀川」でした!

 

 

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「三つ尾」は越知町のシンボルマークにもなっています。

町章はカタカナの「ヲ」の字を三つ合わせて図にしたもので、川の合流点に開けゆく町を現し、町の前進と向上を象徴しています。(参考:高知県越知町ホームページ|越知町プロフィール

 

ちなみに「三尾」というと、京都の「高雄(高尾)」「栂尾」「槇尾」のように山のことが浮かぶ方がいらっしゃるかと思いますが、京都の「さんび」とは違って越知町は「みつお」です。というのも…

町の中心部である仁淀川、坂折川、柳瀬川の合流点は、あたかも三つの尾のように見えたことから、江戸時代初めまでは「三尾村」と呼ばれた。(参考:高知県越知町ホームページ|越知町プロフィール

 ということで、三つの「尾っぽ」で「三つ尾」だからなのです。(へぇ~)
 
 
 
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ちなみに「三つ尾の渡し」の石碑によると、昔は今成(今よりやや北西)あたりで三尾が合流していて、その頃の名残で「三ツ尾村」と呼ばれたそうです。その後、文明 4(1472)年8月の大洪水で現在の流れに変わってからも、三つの尾を舟で渡す「三尾の渡し」は高知と松山という二大城下を結ぶ松山街道の中間地点として往来が活発だったそうです。(へぇ~)1472年といったら540年以上前!戦国時代ですね。

 

昨日たまたま車で通って発見した「三つ尾の渡し」の石碑。 こないだの越知小学校での「昔遊び会」から気になっていた「三つ尾」というキーワードですが、調べてみたら少し越知町に詳しくなれました~^^

(12/12の昔あそび大会の主催は「三尾会」でした。昔あそび - 越知帳)